新てんのじ村は、
日本の大阪の芸能を
日本の方や世界の方と楽しみます。
新てんのじ村とは
私たちの目指すもの
私たちは、大阪、西成、新今宮界隈から大阪の日本の大衆文化を
日本の皆さま、世界の皆さまに提供することを目的にしています。
詳しくはこのホームページやFacebook「デイープ大阪ストリート」
をご覧ください。
地域に住む人、来る人、活動する人が輝く取り組みに
山王は戦前から戦後、昭和の時代に多くの芸人が住んでいました。大阪の大衆芸能を支えた街でもあります。一時は百人を超える大衆芸能の演者が住んでいたと言われています。(萩まちだより23号に詳しく書かれています)
「その当時、バス、市電、地下鉄、環状線、国鉄、とても交通が便利で、そして住みよい土地であった。物価が安く、遅くまで風呂があり、人情が厚く、芸能人達は戦後の苦しい時期を助け合って、ここで安心して暮らしていた。」(萩まちだより23号より)この当時の実感は、今も大きくは変わらないのではないでしょうか。
一方、西成区の北東部は、現在、たくさんの外国人、日本人の方が訪れています。その経済波及効果が地域で循環していないのも現状だと言われています。
いわゆるインバウンドの効果を地域全体で考え、どう地域が活性化する仕掛へ結び付けることができるのか。その取り組みは様々なところで始まっています。
かつて戦後まで、現在の動物園前1番街には「天王寺館」という演芸場がありました。この演芸場の存在がてんのじ村の芸人たちを支えたと言われています。
インバウンドの効果を好循環にするための軸としての商店街の役割も大きいのではないでしょうか。商店街が街の大きな縦軸となり、その周辺へさらに横へ横へと波及していくような流れを作りたいと思います。
大阪、関西の大衆芸能、そして演者たちを昭和の雰囲気が色濃く残るこの地域の財産として育てていだけないでしょうか。
外国人や日本人の来街者が芸能を楽しみの一つとして訪れ、古き日本情緒を体験し集い、商店街で買い物をして、宿に泊まる。そんなことが求められ、少しずつですが、その萌芽が芽吹いていると思います。その萌芽をしっかりとした苗に育みさらに花が咲くような試みを続けていければと思います。
時代は昭和、平成、そして令和です。時代の変化をしたたかに感じ取りつつ変わらないものを尊重する。そんなことが大衆芸能を通じて実現すればと思っています。
その為に厳しい声もお寄せください。それが励みになります。
すでに現在も様々な取り組みが地域の様々なところでなされています。それらに学びつつさらに進めていければと思います。
新てんのじ村とはこの地域が再び「芸能」や「芸人」を育むようなまちになることを願って名付けたものです。何か組織だって何かを排除することではなく、おおらかな目標としての新てんのじ村が動き出せばと願ってやみません。
先人の活躍を顕彰しながら、新しい時代に向かって進んでいければと思っています
2020年
お問い合わせ先
ことなび株式会社 担当 足立
090-3274-9970